デッサン修行

高校2年の時、進路を尋ねられても何もやりたいことがない。それであれこれ考えてみると、私は子どものころから何をやっても駄目だったが、美術だけは苦労せずともうまくでき自信もあった。兄も美大で油絵を専攻していた。そこで自分の得意な美術に進めばなんとかなるのではと思うと、突然目の前がパーッと開ける感じがした。ただ、好きな作家がいるとか、どうしても画家になりたいという意志があるわけでもなく、進路を迫られてとりあえず道が見えた程度だった。
美術系大学に進むためにはとにかく石膏デッサンだということで、都会であれば美大受験予備校などに通う手もあるだろうが、私たちには「石膏デッサンの描き方」などという数冊の解説本が頼りだった。そこにはデッサンの描き始めから完成に至るまでの経過が写真で載っていた。その解説によれば、素描は面を意識することで立体として捉えることが重要だという。セザンヌが「全てのものを円錐と立方体に置き換えよ」と言ったという話も引用されており、言われるまま石膏像を無理して面に置き換えて描いてみると一昔前のロボットのようなものができたが、これをこの先どうしていいかわからない。今思えば解説ではものの見方や意識の問題を言っていたのだが、実際に面取りされた石膏像まであるので困乱させた。また木炭で引いた線を指の腹で抑えて定着させよというのだが、これがまた、いくら抑えたところで指についてくる。これも消すことで階調を作る、あるいはいいところで止めるということがわからず、描くことに固執する余り真っ黒い像にしてしまう。こんな具合で休みも返上して美術室に通ったけれど、ある程度より上達することはなかった。
デッサンが絵の基本だというが、絵の具と筆で描けるようになって見えるデッサンもあると思う。いつかもう一度落ち着いて石膏像に向き合い、じっくりデッサンをしてみたい気もする。そうすればあの頃の壁を乗り越えられる気もするのだが・・・。当時は美術に対する認識も経験も浅く、果たして某筑波大学芸術群の受験に失敗し大きな挫折を味わう。早くも美術の才能を否定された感。胃はボロ雑巾のよう。


同じ学年に美大を受験する岩村宏明君がいた。彼はブロンディやポリスの曲をダビングしたカセットテープを美術室に持ち込み、私たちがデッサンしている最中にそれを流した。私たちが3年生の夏休みには毎日のように美術室に通いデッサンをしたが、岩村君は特にブロンディーの「ハートオブグラス」が好きで、曲が終わるとすかさずかけより巻き戻しまたかけるといったこだわりで、後輩たちは「ひつけー」と言っていた。この曲は、あの夏の美術室と一体となっている。