ラッパ象

幼稚園に通う5歳の娘は、ものごとをよく理解しており、この記憶を大人になるまでそっくり持って行くのではないかと思われるほどだが、私の最初の記憶となると頼りない。私の父は長男で祖父母と暮らしていたから、夏休みなどに父方の叔父や叔母の家族が私の暮らす大橋の家(群馬県高崎市)に集まった。まだ明るいうちに風呂を沸かし、かわるがわる入ったことがあって、浴室のガラス窓に日の光が反射してキラキラと輝いていたのを覚えている。三つ子の魂百までと言うけれど、この時の記憶は大人になってからのボナールへの傾倒と温泉好きへとつながっているようだ。虚弱で朝がつらかった。幼稚園に行くため母に起こされるものの、冬場はこたつの脚に巻きつくようにしてまた寝てしまう。母は「食べると温かくなるから」と言って、ごはんに私の好きなきな粉や桜でんぶなどをかけ何とか食べさせようとした。通常の順路では登園時間に間に合わないので、母は私を背負って線路ぞいの側溝のふちをわたり幼稚園の裏手に出た。園では昼食にかつおぶしのかかった納豆が出ることがあり、園児の間ではかき混ぜすぎると中からクモが出てくると言われていた。家の玄関前で誰かに見せてもらったゴム製の宇宙人のおもちゃ。さつま芋の飴。幼稚園の同い年なのにおっさんのような顔をした怖い子。


1962年生まれ、幼い日にテレビで鉄人28号やウルトラQを見ていた世代である。キャプテンウルトラなんてのもあった。ウルトラマンやセブンに登場する怪獣や宇宙人にはリアリティーが感じられた。どこか滑稽なしぐさの怪獣より、宇宙人の方が得体の知れない怖さがあった。ダダや横じわで肩がなく菱形の口をしたやつ。その後のウルトラマン何々や何とか戦隊などが戦うハデハデ、ゴテゴテの連中は何なのだろう。映画館ではゴジラ、モスラ、ガメラなどの怪獣ものをよく見た。そういうヒーロー怪獣ものに混じって兄弟の巨人の映画があった。弟の方が暴れ者で人間に危害を加えるということで兄が注意をするが聞かず、渓谷のようなところでつかみ合って争うシーンが心に残っている。夕食後、こたつを片づけそこに親子のふとんを敷き、寝ながらテレビの土曜映画劇場などを観ることがあった。一つ目のケンタウロスがぎこちない動きで暴れるような冒険ものに心を奪われた。他に宇宙空間で事故にあい、目がミカンのように飛び出てしまった宇宙飛行士やクモの巣にかかったハエがかすかに「助けてくれー」と言うのでその顔を見ると知り合いの顔だったというシーンなど。あれは父が買ってきたものだったろうか。家に宇宙もののソノシート盤があった。絵本とレコードがセットになったものだ。ある日のこと宇宙探検隊が象に似た体の大きな生物と遭遇する。その鼻は数本あってラッパのように音階を奏で、身体にはいたる所に目がついている。隊員たちはこのラッパ象と音階を介して交信できるようになると仲良くなるが、鋭い歯を持つカエルに似た生き物の群れが現れ、次々とラッパ象に襲いかかる。隊員たちが悲嘆するなか、象はみるみる食われていき、ラッパの音も消えてしまった。

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